NOVEL  >>  W:CROSS  >>  6章:裏切りの国アーミス
【6章:5話】
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 騎士団と司教団―――リドゥ国二大国家組織の一部で試みられた、二組織の交流と称した相部屋制度。一つ屋根の下で共に寝食を果たす事で交流を図ろうとしていたが、業務上の提携ならば兎も角、プライベートまで縛られる謂れはないと言って結局は進展はしていないように見えたが―――

「ふざけんな、良いワケねえだろ!」

 昼下がりの宿舎に怒声が響く。
 寮の騎士団員と司教団員が食事を取るための食堂では、皆が思い思いに食事をしていた。しかし座る場所はといえば、互いに暗黙の了解で真っ二つに区切られたままだ。最近は相部屋制の疲れからか、双方目を合わせようともしない筈だった―――のに。
「この固さ、味、ボールでも食べてるような感触!これは避けてもいい筈だよ!」
「ガキみたいな事言ってんじゃねえよ、このタコ!ピラフからわざわざ避けるな、みっともねえ!端に掻き集めやがって、女々しいんだよ!」
 良いから食いやがれと言ってクラッドはスプーン山盛りのグリンピースをフォールの口の中に突っ込もうとし、フォールは必死に逃げようと頭を振り続けている。わき腹をどつかれて嗚咽を漏らした瞬間にクラッドがフォールの口にグリンピースを突っ込むと、声にならない声が食堂に響く。


 あれから半年。
 フォールは不精だ。片づけが兎に角下手で、本は出しっぱなし、服は脱ぎ散らかしっぱなしという体たらく。引越し当初廊下を塞ぐほどの本を見せたように、彼は読書家でとても勤勉だった。司教団の仕事が終わって部屋に戻ってからも、新しい本を読んだり持ち込んだ仕事をこなしている。
 クラッドが12歳で騎士団に入団した事は確かに俄かに騒がれている。しかしフォールも同い年で司教団に入っているのだ。司教団の入団許可、昇進の試験は騎士団と同じく難しい。それを考慮すると、フォールももっと話題になっていて良いのではないかと思って本人に尋ねてみたけれど、彼は苦笑しながら答えた。

 『確かに僕も凄いねって言われることはあるけど、キミ程じゃないよ。過去には僕より年下で合格した人もいたみたいだし、僕はギリギリ滑り込んだって感じだから。クラッドは騎士団の最年少記録に並んでいるし、実力も既に中堅層近いものがあるって聞いたよ。それを比較しちゃ、僕は苦しいなあ』

 羨ましがっているだけじゃ駄目だから、僕の実力も追いつかなきゃいけないと言ってフォールは笑った。

 フォールが兎に角身の周りのことに無頓着なので、つい世話をしてしまうクラッドとはいつしか会話する機会が増えた。
 最初はクラッドが一方的に文句を呟いていただけだったけれど、その一言の呟きからフォールは話題を広げていく。そして一方的に話すだけではなく意見を求める話題の振り方をしてくるので、やがて短い会話が長く続いていった。
 これは話していて気づいた事なのだが、フォールはクラッドの家系の話や、自分の知識をひけらかすような話はしないのだ。
 クラッドのアルテイン家は代々続く上流貴族且つ騎士の名家。皆がクラッドの実力よりも先に『アルテイン家の人間が騎士に入団したらしい』という話が先行する。アルテイン家の人間なのか、と尋ねられるのも、もう辟易としていた。
 フォールは真っ先にクラッドの実力に興味を持ち、彼の行動に関心を示した。そして自分の知識を自慢することなく、目を輝かせながら『こんな話があるんだ』と言って、何かを発見した子どものように話しかけてくるので、嫌な気分にならない。むしろ彼の見解を聞くのが楽しみになっていた。フォールの話は確かに専門的な事も含んでいるが、素人にも分かりやすく掻い摘んで話してくれるのだ。

 司教団の人間は高飛車で、知識をひけらかす嫌味な奴―――大して司教団の人間を知りもしなかった自分がそんな色眼鏡をかけて彼らを見ていた事が少し恥ずかしくなった。
 いや、実際にはそういう人間の方が多かったかもしれない。けれどフォールは『個人を知れば、そんな態度もきっとなくなるよ』と言って笑った。お互いが『あいつは上から目線だ』と思い込んでいるから負けじと自分もそうなってしまうだけだというフォールの言葉は少し納得できた気がする。

 フォールは勉強が好き。そしてそれ以上に人が好きなのだろう。
 ジークやアイスとも違う尊敬の念をいつしかクラッドはフォールに抱いていた。それはもっと身近なもので、高みに憧れる感情とは違う。その名を『友』と呼ぶのだろう。

 あれほど司教団の人間と共にいることなど願い下げだと思っていたのに、いつしかフォールと過ごす時間は部屋の中に留まらなくなっていた。常に一緒に行動しているわけではないが、部屋の外で顔を合わして軽く話すと、その流れで時間を共に過ごしている。食堂や図書室、娯楽室が良い例だ。
 確かに片付けは下手だし夜遅くまでゴソゴソとしているから腹が立つ事もあるけれど、フォールと共にいるのは嫌ではなかった。いや、むしろ―――楽しかった。

**********

「チェックメイト。これでオレの20戦20勝な」
「え?ええ!?ちょ、ちょっと待ってくれよ!ええ〜!?」
 娯楽室に嘆きの声が響く。周囲にいたギャラリーも感心しながら拍手している。フォールは悔しそうに口を尖らせると「もう一回!」と言って盤上を整え始めた。
「何でそんなに強いんだよ、クラッド!僕だってチェスは結構得意なのに…」
「ガキの頃から異様に強い姉貴に鍛えられたからな。そんじょそこらの腕の奴には負けねえよ」
 クラッドは得意げに鼻で笑う。すると周囲にいたギャラリーの一人が手を上げて割り込んできた。
「じゃあ俺に相手させてくれよ!フォールの仇はとってやるから!」
「よっしゃ!手加減はしませんよ」
 力んでやってきた司教団の中年男性にクラッドは不敵に笑う。

 いつしかクラッドとフォールの周囲には人が集まるようになってきた。最初はクラッドが弱そうなフォールをいたぶっている構図にも見えたものの、彼らがじゃれ合い、きちんとお互いを尊重しているのだと傍目にも分かるようになると、その珍しい光景に皆興味が湧く。
 やはり相部屋制度を急に導入しても殆どが上手くいかず、已む無く上司の判断で解消された者が多数だ。
 しかしクラッドとフォールは違った。上の目論見が成功しているのだから注目されるのも当然だろう。

 クラッドは皆の手本になろうなどという大層な考えは微塵もない。ただフォールといる時間は気が楽で、尚且つ自分を成長させる事が出来ていると思えたのだ。それはフォールも同じらしい。
 クラッドは一見強面で言葉遣いもキツく、出自や騎士に至るまでの功績を見ると正にエリートだ。同い年は勿論、年の離れた相手も萎縮するし、どう扱えば良いのか分からず持て余している感があった。
 実際にきちんと彼と向き合えば確かに乱雑な雰囲気はあるものの、何気に細やかで周囲に気を遣う人物だ。それにクラッドは生まれはアルテイン家であるが、だからと言って騎士の資格を生まれ持った訳ではない。彼は努力型の天才なのだろう。

 見識を広く持ちたいというフォールは人に対して色眼鏡をかけない。まず自分の目で確かめ、ふれあってからでも判断は出来る―――それが彼の信条のようだ。周囲に人が集まるようになったのは、クラッドとフォールの仲が珍しいだけではなく、フォールという人間の人柄が何よりの要因だろうと、クラッドは素直に思った。

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