NOVEL  >>  W:CROSS  >>  6章:裏切りの国アーミス
【6章:3話】
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 クラッドがいた路地から程な距離にあった店へと二人は招かれた。

 中は小さな喫茶店で、落ち着いた音楽が控えめな音量で流れている。造りや調度品は少し古めかしいが、決して傷んでいるわけではない。恐らく店主の趣味で古風な趣を残しているのだろう。ずらりと並んだティーカップはどれも美しい。

 女性はカウンターに入って荷物を置くと、店主らしき中高年の男性と何かを話している。暫くすると、女性は戻ってきた。
「お待たせ。さ、奥の部屋にどうぞ。ここじゃ話し込むには少し遠慮するでしょう?」
 休憩をもらってきたから心配しなくて良いと言いながら、女性はまたさっさと歩き出した。クラッドから「何でお前まで一緒にいるんだ」といわんばかりの視線が注がれるものの、これは不可抗力だ。お呼びでないと言うのならば構わないが、この状況ではほぼ強制じゃないだろうか?今更帰るとは言い辛い。
 クラッドは観念するようにため息を吐くと、無言で女性の後をついていき、リシェイも追従した。

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「本当に久しぶりね。もう忘れられちゃったのかと思ったわ」
 女性は二人を座らせると、コーヒーとケーキを持って戻ってきた。どちらも店で手作りしているのだろう。特にチョコレートケーキは細工のように綺麗で思わず生唾を飲み込みそうだ。
「どうぞ召し上がってください。クラッドも好きでしょう、チョコケーキ。チョコレート大好きだものね」
「おまっ…!!」
 クラッドは一瞬で顔が引きつり、小さく此方を振り返ったかと思うと嫌々な顔でまた目を逸らす。
「クラッド、チョコ好きなんだ?意外だなあ。初耳だよ」
 リシェイは感心したように目を丸くする。勝手な想像だが、クラッドは甘いものは好かないと言いそうな気がしたから。二人の様子を見た女性はクスクスと笑った。
「やっぱり隠してたんだ。別に恥ずかしがる事なんかないのにね。貴女もそう思いませんか?」
「うんうん、チョコは美味しいもん!美味しいものを美味しいって思うことは何も恥ずかしくないじゃない。今迄私やマリアが甘いもの食べてても何も言わないから、嫌いなのかと思ってたのに…」
「クラッドはこう見えて甘党なのよ。昔もね、わたしとクラッドと彼の3人でカフェに行った時、わたしがチョコレートパフェを頼むふりしてクラッドが食べたりもしたんです」
「…3人?彼?」
 リシェイは不可解な言葉に小首を傾げる。

 そもそも目の前の女性はクラッドとどういう関係なのだろう?クラッドはというと、相変わらず複雑な顔をしたまま目線を泳がせてだんまりだ。せめて関係くらいは教えてくれても良いだろうに。そうでなければ、やはりこの場に居辛い気持ちが拭えない。
 リシェイが状況を把握していないのだと気がついた女性は呆れ気味にクラッドへ目線をやった。
「もう、クラッド。わたしの事話していないの?」
「…何を話せってんだよ」
 クラッドの声色はどこか暗かった。今まで共に旅をしてきたクラッドの様子とは明らかに違うことにリシェイは戸惑いながら、女性へと向き直る。
「あの、私はリシェイ=フィズコールといいます。クラッドとは縁あって、他に二人の仲間と共に旅をしているんです」
「旅を?クラッドが騎士団本部を離れて?」
「クラッドは騎士団からの命令で一緒にいますけど…でも、仲間で大事な友人です」
 リシェイは清清しい顔で告げた。確かにクラッドは騎士団命令によって動いているが、もうただの道連れではなく、れっきとした仲間であり、友人だと思っている。クラッドも否定しないところをみると、独りよがりではないのだろう。彼は嫌なことは嫌だとはっきりと言う性格だから。

「ところで…貴女は?クラッドがアモンの街に知り合いがいるって言ってたのは、貴女の事なんですか?情報屋って聞いたから、てっきり店長さんみたいな人と会うのかと思って…」
 知り合いがいる、とは聞いていた。しかしまさか若い女性だとは思わなかったので、リシェイは目の前の状況をどう介錯すれば良いのか分からない。
「申し遅れました。わたしはセシリア=レオールと申します。クラッドとは旧知の友人です。初めまして、リシェイさん。宜しくお願いします」
「あ、こちらこそ宜しくお願いしますっ」
 リシェイは慌ててぺこりと頭を下げる。

「元々はね、クラッドの友人から紹介してもらったんです。クラッドと会った時間はあまり多くはないけれど、『彼』からいつもクラッドのことを聞かされていたから、クラッドのことは結構知っているつもりですよ」
「あの、『彼』って誰ですか?」
「…本当に何も話していないのね、クラッド」
 リシェイが気になる単語を尋ねると、セシリアは少し寂しげに微笑した。当のクラッドは無言のままだ。憮然とした表情は、話すというなら何でも喋れば良いと言わんばかりの顔だった。

「リシェイさんは司教団ってご存知ですか?」
 尋ねられてリシェイは記憶を辿る。
 リドゥ国には武の要としてクラッドやジークの所属する騎士団がある。そしてそれと対を成すように、知の要として【司教団】というものが存在するのだ。騎士団が一般警護を主とするリドゥの警備隊から選びぬかれた存在だとするなら、司教団は学士や研究者を志す学術研究所から選抜された存在。
 今までの功績としては騎士団の方が大きい為世間的な目から隠れがちにはなるが、司教団も立派なリドゥ国の中枢組織だ。
「そこにね、クラッドの友人が在籍していたんです。フォール=ディアンシーという名前で、クラッドとは同期なんですよ」
「へえ〜、クラッドの友達かあ。セシリアさんはその伝手でクラッドと知り合ったんですね。…あの、ところで…在籍していた・って?フォールさんって今は司教団にはいないんですか?」
 その言葉にクラッドとセシリアは黙り込んだ。突如重くなった空気に、リシェイは聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと思って慌てて口をつぐんだ。
 しかし彼女の様子を察したクラッドは軽く頭を振った。

「……フォールは……事件に巻き込まれて死んだ」

 もう昔の事だから、とクラッドは言うけれど、その表情は今までに見た事がないほど辛そうに見えた。
 その一言で気持ちが落ち着いたのか、クラッドは黙り込むのをやめて口を開く。恐らくセシリアから語らせたくはないのだろう。そしてセシリアからリシェイに告げようとしたという事は、理解しておいて欲しいのだと思ったし、ここまで来て秘密にする事でもないとクラッドは判断した。
「セシリアはフォールの恋人だ。あの事件以来フォールが居なくなって…そうしたらオレとセシリアの二人で会う機会なんて、滅多な用事がなけりゃ出来るはずもないし」
 ここに入ることを躊躇っていたのも時間が経ちすぎていたからだ。行こうと決めたものの、目前まで来ると色々な思いが交錯し始めた。長らく一方的に音信不通にした相手に会うには少々反応が怖いし、こちらもどの面下げて行けばいいのか分からない。男相手ならともかく、女性なので尚更だ。
 クラッドはこういう些細な部分で不器用だなとリシェイは改めて思う。

「クラッドと会うのは3年ぶりくらいになるかしら。わたしは実家のあったアモンの街に戻っていたから、益々会う機会がなくなってしまって。…せめて仕事で近くまで来たら立ち寄ってねって言ったのに、クラッドは本部に直ぐ戻れる仕事ばかり選ぶようになったって…クラッドの従兄の方から聞いたわ」
「…別に」
 殻に閉じこもるという訳ではなく、仕事を選ぶようになった。リシェイはセシリアの言葉に何か引っかかるものを感じて思考をめぐらせる。
 クラッドは若くして騎士団員となった。コネや裏金をめぐらせた訳ではなく、実力でのし上がってきた上に、由緒正しい家柄というサラブレッドの彼は正に将来を期待されたエリートそのものだろう。
 騎士団で名を上げるには、多くの事件を解決するか、大きな功績を掴む事が最低条件。そこに彼の人となりや実力、リーダーシップを同じ団員や上層部から評価や判断をされるわけだが、そうなると人と関わったりチームを組む事が少ない仕事をしていたのでは、昇進は精々隊以下のグループリーダー止まりだろう。
 リシェイも共に旅をして、クラッドのことは実力もあるし、適切な判断力も備えたリーダーの器があると思う。それこそまだ年若くて経験不足を指摘されようとも、いずれは本当に騎士団長にだってなる日がくるのかもしれない。

 そう、正に今騎士団がクラッドに求めているのは騎士団員としての経験だろう。それを本部中心の仕事ばかりこなしていてはクラッドの成長を止めてしまう。
 王都リドガルド近郊は流石に王のお膝元であり、警備兵や騎士団員が多く構えているため、事件が起こってもあっという間に鎮火する。各地で起こる紛争や、王が外出する時の護衛など、大きな任務をこなさなければ、いくら実力があるといっても延々示す事は出来ない。

 騎士団本部はあらゆる情報や報告が集まってくる。中堅層にいるクラッドならば、それなりの情報は閲覧可能だろう。
「…その、フォールさんの事件っての真相を暴くために…?」
 無言がその答えだった。
 広大なリドゥを虱潰しに当たっていたのでは埒が明かない。それよりも本部に集中する最新の報告を受け取る方が余程調査もしやすいだろう。そしてクラッドが騎士でいられなければ、情報を日常的に得る事も出来なくなってしまう。

  ―――オレは縋ってでも今の場所を手放せねえんだよ!

 嘗てクラッドが告げた言葉が脳裏に蘇る。勿論騎士であることは、クラッド自身にとっても誉れであることには違いない。だがそれと同じくらいフォールという人間の存在も大きいのだ。
 クラッドは一つため息をつくと、騎士の立場を証明する紋章を取り出して見つめた。リドゥ国のシンボルマークを模ったそれは、きらりと輝く。
「アイツは…本当にダチだと思えたんだ。オレが騎士団にいる事に誇りを持てるようになったのも、あいつのお陰だ」

 それはまだ、クラッドが騎士となったばかりの頃の話―――
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