【3章:2話】
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リドゥ国内を走るバスで近くまで行くと、残りの道は徒歩で進む。
リシェイ達の目指すファロローム遺跡は観光で訪れる者もたまにいるので、道はかなり狭いけれど、凹凸が酷くない程度には整備されている。自分たちに付きまとう契約のことを考えると、行程で余計な体力を奪われないのは喜ばしい。
街道にはモンスターの襲来を防ぐ魔除けの結界が張られているので敵との遭遇はない。クラッドはつまらないと言うけれど、一般人であるマリアもいる以上、出来るだけ安全な道を行きたいリシェイにはありがたかった。
昔は自分もモンスターとの戦いは腕の見せ所であると勇んでいたけれど、勇敢と無鉄砲は全く違うものだと学んだので、修行でない限り力んで敵に特攻することが決して賢いわけではないと考えている。
相変わらずこのメンバーの間には会話が少ない。リシェイは喋ることが好きだけれど、流石にずっと喋り続けているのは疲れる。会話が弾んだ上で喋るのならば歓迎するところだが、気まずい沈黙を打破しようとするのも限度があった。
(共通の話題って何なのかな…カルロンの街は…シュラとクラッドはあまり知らないだろうし、騎士団の話は…マリアとシュラがついていけないし…契約の話はクラッドとマリアには無関係だし…。趣味とかも皆違いそうだなあ…)
出身も違えば、目的だって各々違う。しかも共通の好みも今のところ見つからない。
シュラは沈黙はさほど気にならないようだ。彼は無口ではないし、それなりに喋ると思う。けれど自発的に話題を振ることは少ないのだと分かってきた。…そしてかなりの天邪鬼だ。
本物の危機には真剣に向き合ってくれるけれど、それ以外の時は気分次第で掌を返したりする。むしろ面白ければ良いと思っているのではないだろうか?
それでも彼は一人旅の経験も長いので、何を任せても大丈夫だし、息苦しい思いもしていないようだから一先ずは良いだろう。
問題は―――マリアとクラッドだ。
マリアは元々人見知りである上に、すっかりクラッドに脅えてしまっている。恐らく皆と会話したい気持ちはあるのだろう。けれどマリアが言葉を発する度にクラッドが怒鳴るので、すっかり萎縮してしまっている。
クラッドも無口な類ではないはずだ。昨日少し会話をした限りでは、慣れれば歳相応な会話をしてくれそうな気がする。けれど今は自分の立場に納得がいかないのか、ぴりぴりとした状態だ。
いや、もう受け入れているのかもしれない。けれど切り替えられない。
(…絶対意地っ張りだと思う…!)
いっそ開き直ってしまえば良いのにと思うけれど、素直じゃないのだろう。
シュラは兎も角、皆お互いの様子や顔色を窺っている状態なのだ。だから何か些細な事でも良いから切欠があれば、きっとすぐに打ち解ける事が出来るとリシェイは思っていた。
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「はあ、はあ…。と、遠いのですね…」
遺跡から一番近い駅で下車してからは、目的地へ向かって只管歩いていた。ファロローム遺跡はそれほどマイナーではないけれど、駅からも遠い上に、遺跡以外に見るものはないので観光名所ではない。それにある程度道は整備されているとはいえども狭い道なので、馬車は遺跡より遠くの地点で強制的に下ろされてしまう。
周囲に街はなく、好んでこの遺跡を訪れる人間は少ないようだ。
シュラやクラッドは元より歩くのが速いし、リシェイは普段から鍛えているので少し早足になったところで、どうという事はない。
しかしマリアは同じようにはいかない。皆のペースに合わせていたら、すっかり体力が尽きてしまったようだ。いつの間にやら最後尾で、足取りもおぼつかない状態になってしまった。
マリアはついに立ち止まって屈む様に息を切らせる。その様子を見たクラッドは呆れたようにため息をついた。
「何だよ、本当に体力ねーな、お前。まだそんなに歩いてねぇだろ」
「そ、そうなのですか…?かなり歩いたような気がするのですが……はぁ、はぁ…。リ、リシェイ…」
マリアはふらふらとしながらリシェイの服の裾を掴む。息を切らせながらジッと見つめる彼女の期待は分かる。「少し休んでいこう」と切り出してくれるのを待っているのだろう。リシェイの発案ならば、きっと皆頷いてくれるだろうから。
しかし一日歩き通しでもない行程で逐一休息を取っていては、この先どれだけ時間がかかることか。説明したいけれど、こうも辛いという表情で見つめられては言葉が出ない。
クラッドはそんな二人を見て、憮然とした表情で腕を組んだ。
かれこれ歩き続けて三時間。同じペースで行けば、あと一時間ほどで到着するだろうと、シュラは地図を広げてみせる。
「女の子にはちょっとキツいペースだとは思うけど、一番近い街でさっきの場所だからな。しんどいけど早く用件こなして宿に泊まるか、ゆっくり休みながら行って野宿か…どっちがいい?」
シュラの有無を言わさぬ二択にマリアはぐっと言葉を飲み込んだ。
リシェイとしてもマリアに無茶はさせたくないのだが、この程度は序の口になるかもしれない事は既に分かっていた。だからこの程度でお手上げならば、本当に城の方がマシだと思えるのだ。
しかし朝からずっと移動続きなので、そろそろ休憩をとっても良い頃合だろう。それにリシェイの思惑を実現するならば、今がきっと好機のはずだ。
「ね、少しだけ休憩しない?おなかも空いてきたでしょ?お昼ごはんにしようよ」
リシェイの提案にマリアはぱっと明るくなる。
「…いいのかよ、それで」
クラッドは物言いたげな表情だ。マリアは分からないようだが、リシェイは彼の隠れた言葉を何となく感じ取って、笑顔で頷く。シュラは相変わらず「お好きにどうぞ」と丸投げだ。
一行は日差しを遮るように、大きな木の木陰に座り込んだ。
下車した街で買った食糧を取り出し並べると、皆は怪訝な顔をした。既製品ばかりの中に、どう見ても店に並んでいたとは思えない包みがあったからだ。クラッドは警戒しながら包みを見つめる。
「…おい、なんだこの包み。誰が買ったんだ」
「買ったんじゃないよ〜。コレは皆で食べようと思って私が作ってきたの!」
「アンタが?いつの間に」
リシェイは意気揚々と包みを開ける。
皆でご飯を囲めば仲良くなる―――それがリシェイの発案だった。
美味しいご飯を皆で食べれば自然と話も弾む。これは今までの経験上でもあるのでリシェイは自信満々だった。
だから皆に腕を振るおうと思い、昨日の内に材料を買い込んで宿で早朝から久々に弁当を作ってみたのだ。あまり料理は得意じゃないと自分でも思うけれど、やれば出来る……という気がしていた。
しかし包みを開けた瞬間皆の顔色がサッと変わった事には気がつかなかった。