NOVEL  >>  W:CROSS  >>  3章:己の手で掴むもの
 思わず道連れが出来て、リシェイの旅は賑やかになった………筈だったのだが、街道を歩く一行の間に会話は殆どなかった。

(…なんでこんなに気まずいんだろ…)

 リシェイは歩きながら悶々とした。人数が増えた筈なのに、シュラと二人の時よりも静かで重苦しい雰囲気になってしまった。シュラはさして雑音に関心はないようで、沈黙の中でもマイペースな表情のままだ。シュラと共に居て、会話がない時でもそれほど苦に感じなかったのは、シュラがそういった性格であると心のどこかで理解していたからだろう。

 問題はマリアとクラッドだ。マリアはすっかりクラッドに脅えているし、クラッドはこの旅そのものが不満の様子で、全く笑わない…というより怒っている。元々鋭い灰色の目を吊り上げて、口を真一文字に結んで嫌々なオーラが滲み出ていた。
(流石にずっとこのままはキツイよね…)

 リシェイは何とかこの気まずい雰囲気を打破するべく口を開いた。


―――3章 己の手で掴むもの―――


「ねえ!クラッドってさ、ジークそっくりだよね?ジークも若い頃はこんな感じだったのかな〜って思うくらい」
 突然話を振られたクラッドは少し面倒くさそうに耳を傾ける。リシェイの表情は明らかに反応をくれるか心配している様子で、無下にする理由もないクラッドは軽くため息を吐きつつ口を開いた。
「赤髪はアルテイン家の血筋だからな。目の色は直系じゃない片親の血で変わる事もあるけど」
「クラッドも騎士なんだよね?ジークも騎士だし…凄いよねえ」
「アルテイン家は代々騎士の家系だ。嘗ては騎士団長を勤めた先祖もいる。でも別に家系の所為で騎士になったんじゃないくて、自分で選んだ。オレもジークさんもな」

 アルテイン家に生まれた子は騎士となるための教育を一通り施されるらしい。但しそれゆえに必ず騎士の道を歩まねばならないというわけではなく、己の志すものがあれば違う道を歩めば良いという主義らしい。実際に騎士への道を歩むのは半数ほどだそうだ。あくまで教育は騎士としての道も開けるようにという意味合いが強い。騎士には力だけではなく教養も必要となる。故に騎士としての心得を刻んでいて損になるようなことはないのだ。

 騎士の家系ということで、生まれつきの才能のように見られる事が多いけれど、実際の教育はとても厳しいものであり、騎士への道のスタート地点に立つ前に家庭内で挫折するものも多い。
 今アルテイン家の血筋で現役の騎士なのは従兄のジーク=アルテインのみだ。更に彼は家庭の名声だけでは決して選ばれぬ騎士団エリートの特別部隊『紅』の隊長として立派な騎士でもある。だから自力で上層部にまで登りつめたジークのことは尊敬しているのだと言う。

 先ほどまでの無関心とは違い、その表情は少し興味を含んだものだった。自分の仕事にも責任と誇りを持っているし、決して思考が幼い少年という訳ではないのだということは理解できた。

「クラッドって歳いくつ?因みに得意なバトルスタイルとか、好きなものや嫌いなものとか…」
 これでは先日のシュラと同じだと思いつつも、やはり相手を知る事は大事なのだと思ったリシェイは尋ねてみた。マリアも彼のことを知れば、少しは打ち解けることが出来るかもしれない。
 クラッドはツンとした態度で告げる。
「歳は17。バトルスタイルは体術とクロー」
「って事は、格闘家なんだ!騎士で格闘家って割と珍しいよね」
「まーな。大抵は剣か槍、もしくは術士。たまに斧とか弓もいるけど」

 話に耳を傾けていたシュラは相変わらず飄々とした態度で口を開いた。
「へ〜。格闘家ってパーティに一人いると何かと便利なんだよな。それに腕力自慢なら、俺は楽できそうかな」
「オレは便利屋じゃねえ!」
 クラッドは睨むように苛立たしげな顔をしている。本当に短気なのだろう。
 シュラは人を掌で転がして遊ぶ節があるのである意味この二人は水と油かもしれない。いや、それどころか全体を見渡してみると、何とも相性の合いそうにない面子が集ったものだと思ってしまう。
 頑張ろうとは思ったものの、先行きがどうなるか少し不安になってきた。せめてシュラがもう少し協調性のあるフォローをしてくれたら話は違うのだろうが、下手なことをすると彼の場合は面白がって火に油を注ぎかねない。

 こうしてみると、昔に故郷のあるセンティアル大陸にて仲間と旅をした際に、まだ一番歳若く未熟で自由奔放だった自分がどれだけ周囲に支えられてきたのかがよく分かる。

(何だか今更カインたちに申し訳なくなってきたよ…)

 よく面倒を見てくれた故郷にいる兄貴分や仲間達が思わず恋しくなって、リシェイは深いため息をついた。


「で?これから何処に行くってんだよ?さっさと呪い消してオレも解放されたいぜ」
 リシェイによって一先ずの会話の糸口を見出したクラッドはリシェイに向き直った。
「…呪いじゃなくて契約!えーと、次は…」
 未来視の杯に見えたのは、大きな水階段がある、湖の中央に聳える遺跡。しかし土地勘が薄いリシェイにはその場所は皆目見当がつかない。シュラも流石にそのような場所には行った事がないというが。

「それは…ビルダ湖にあるファロローム遺跡ではないでしょうか?」

 場所を提示したのは意外にもマリアだった。
 嘗て王家の血筋として生まれ、王位継承権を持っていたにも拘らず、自らそれを放棄して騎士団員として王家を守り続けた賢者ファロロームを称えた建造物。湖付近の遺跡は幾つかあるが、水階段が特徴的ならば、リシェイが目指そうとしているのはそこだろうとマリアは言う。

「賢者ファロローム様はあらゆる術を使いこなした偉大な大呪術師様です。もし、その知識を得ることが出来たなら…」
 マリアが遺跡について知っているとは思わず一同が目を丸くすると、マリアは何か変なことを言っただろうかと首をかしげる。
「いや、マリアが遺跡のことを知っているとは思わなくて…」
「確かに行った事はありませんが、リドゥ国の地理や歴史については一通り学んでいますから…。紙面のみの知識ですが」
「ううん、助かったよ!ありがとう、マリア」
 役に立てたことが嬉しかったのか、マリアの表情はぱっと明るくなった。しかしクラッドの顔を見るなり、またシュンと小さくなってしまった。


 連れて行くと決めた以上、少しでも彼女の心の負担を軽くしてやりたいとリシェイは思う。只でさえ彼女の両親や親しい人は危険な状況下にあるのだから。
 しかしクラッドは未だこちらに心を開こうとする気配はない。このままではマリアは脅えたままだし、パーティの気持ちがバラバラだと足元をすくわれる結果になりかねない。

(どうしたら良いのかなあ…)
 リシェイは歩きながら考え込んでいた。
 自分自身が人と距離を縮めるのは得意だ。しかし場を纏めるとなると違う。しかも集まっている面子はクセが強く、皆性格が見事にバラバラなのだから。
 何か切欠さえあれば、皆で話すことだって出来る筈だと考えたリシェイはふと閃いた。

「そうだ!良いこと思いついたっ!」
 突然声をあげたリシェイに一同は目を丸くする。先ほどからうんうんと唸っているリシェイを見ていたシュラは、恐らく彼女がこの場を何とかしようと考えているのだということは察しがついていた。
 しかし彼女のやる事成す事は、いつも自分の想像を飛び越えていく。それに場を仕切るなんて自分のやる事ではないと思っていたから、彼女のひらめきをシュラは面白そうに待っていた。
「手伝いが必要ならするよ?」
 にやりと笑ってみせるシュラが凡その意図を把握しているのだと感じたリシェイは得意げに胸を張った。
「大丈夫!そんなに難しいことはしないし。明日は皆をビックリさせるんだから!」
「それはそれは…楽しみだな」

 その日は近くの町の宿に宿泊し、各々旅の疲れを癒した。しかしながらリシェイは体を休めるどころか、宿に着くなり買い物に出かけてしまう。マリアが「何を買いに行っていたのですか?」と尋ねるも、リシェイは嬉しそうな顔をして「明日になれば分かるから」と答える。


 そして翌日の事件は、後に仲間内で末永く語り継がれる事となった。

NOVEL  >>  W:CROSS  >>  3章:己の手で掴むもの
W:CROSS Copyright (c) 2010 MAYFIL all rights reserved.