NOVEL  >>  W:CROSS  >>  2章:魂と未来を縛る契約
【2章:4話】
---------------------

 リシェイの知人である、リドゥ国騎士ジーク=アルテインに連絡を取り付けたことを二人に話し、リシェイ達は王城へと向かった。

 巨大要塞のように聳えるリドゥ城は圧巻で、城を取り巻く警備兵の多さや、その上位クラスに当たる騎士が居る事で威圧感と重圧感が更に増しているような気がする。

 入り口の門番にリドゥ国騎士ジークとの約束を取り付けていると告げるとリシェイ達は中へ招き入れられた。
 王城の中は当然のように騎士が行き来していて、妙な真似を起こせば直ぐにお縄につくことになるのだろう。

 リシェイの知人の部下に先導されて歩いていると、リシェイの知人であるジークという騎士が走ってきた。

「リシェイ!やっと来たか!!」
「ジーク!今回はありがとうね。 久しぶりに会ったっていうのにこんな…」
 無理なお願いを聞いてもらって・とリシェイが言おうとするも、ジークは焦ったような表情のままだ。リシェイが何をそんなに慌てているのかと小首を傾げると、ジークはリシェイの手を引っ張った。

「良いからとっとと来い!国王陛下がお前達にお会いになる!」
「は……はいいいっ!?」

 リシェイたちは目を丸くした。シュラだけは「ほら、言ったとおりだ」と告げるけれど、まさか本当に国王直々に会ってもらえるなんて思っていなかった。
 良いからさっさと来いと促されると、一同は引きずられるように謁見の間へと連れて行かれた。

*******

 謁見の間は厳重警戒で、巨大な扉を騎士が固めている。恐らく彼らは騎士団の中でも屈強のファイターなのだろう。

 近くまで来ると、シュラは背を向けた。
「じゃ、俺は待ってるからお二人さんは行っておいで」
「ええ!?シュラは行かないの!?シュラだって当事者なのに」
「俺はあくまで逃げただけで、カルロンの街の住人でもないから、リシェイやマリアちゃん以上の情報なんて持っていない。それなら行く必要はないだろ?下手に粗相して不興を買ったら具合も悪いしね」
 「俺は礼儀なんて知らない放浪ファイターだから」とシュラは自嘲気味に笑う。リシェイはジークを振り返ると、「お前が情報を共有して報告できるならそれでいい」と告げるので、シュラはその場を下がって壁に背をもたれさせる。これだけ騎士の鋭い視線を浴びる中で悠々としていられる彼はある意味凄いと思った。

******

 膝を突き、頭を下げて待つと、リドゥ国を束ねる王は静かにその姿を現した。
 初めて間近に見る存在に、リシェイは息を呑んだ。騎士団上層部であるジークにフランクに話せるだけでも人は凄いというのだろうが、国王となると話が違う。横目にマリアを見ると、流石に幾度もこの場に姿を見せている所為か落ち着いているし、その姿もサマになっている。

 面を上げ、楽にして良いと言われてリシェイ達は一礼して顔を上げてから緊張を残しつつも立ち上がった。長い髭は深い栗色で、年の頃は50代後半。決して体格が良いというわけではないけれど、どっしりと構えた姿は威圧感を感じる。
 報告は慣れているけれど、まさかいきなり国王と話す羽目になるとは思わなかったので、流石にリシェイも狼狽してしまった。短い沈黙の後、先に口を開いたのは国王の方だった。

「久しいな、マリア=グレース=カルロン。此度の事は騎士団より報告を受けている。…気の毒であった。さぞかし心身共に疲弊した事であろう」
「勿体無いお言葉です、陛下」
 マリアはスカートの裾を軽くつまんでお辞儀する。
 彼女は国のパーティに招かれれば一等の貴族として迎えられるほど身分は良い。カルロン家は名門貴族であり、国王も懇意にしていた。リシェイは話には聞いていたが、マリアの家柄のよさを今更再認識した気分だった。

 国王は背をもたれさせて顎鬚をさする。
「カルロス地方の事は騎士団と司教団に調査させ、早急に解決を図ると約束しよう。…そなた、マリア嬢を救った事を褒めてつかわす」
「…勿体無いお言葉です。私はただ友人を救いたいという一心でした。そのような慈悲深いお言葉をかけていただくなど」
「いや、カルロン家は我が信頼を置く名家。事件の早期解決を約束すると同時にマリア嬢は我が責任をもって保護しよう」

 王の言葉にリシェイとマリアは目を見合わせた。
 つまりはマリアの身は城で預かってもらえるということだ。
 確かに先の事件の発端が不可解だっただけに、領主の娘であるマリアに何らかの災いが降りかからないとは限らない。それに万が一カルロン家に対しての怨恨の線であれば、下手人はマリアを狙ってくる可能性がある。そう思うとリシェイは安堵すると同時に国王の懐の広さに感謝した。しかしマリアは寛大すぎる申し出に少し困惑しているようだった。

「勿論そなたのことも。もしカルロンの街に住まう者で行き場をなくしているというのならばそれなりの待遇を考慮しよう」
 国王の言葉に一礼してリシェイは頭を横に振った。
「ありがとうございます。ですが私は外国人で、今は職務にてこの王都リドガルドに滞在しております。帰る場所がありますゆえ…」

 その後は騎士団の幹部も招いて事件発生当時の状況などを説明させられた。しかし皆は聞くだけ聞いて、リシェイ達をその場から下がらせてしまう。
 そもそも守護用の結界の詳細など機密事項だ。カルロス地方の守護方陣を管轄する領主の娘であるマリアなら兎も角、異国人のリシェイに筒抜けにはさせたくないのだろうという事は分かった。

 部屋を出ると、呼び出されて待機していた侍女が深々と頭を下げる。

 その傍らには騎士団の副団長―――すなわち騎士団ナンバー2の人物が立っている。短い黒の短髪に、水色の切れ長な瞳。黒いコートを羽織り、襟元には騎士団の証である紋章と勲章が光った。
「マリア=グレース=カルロン様。お部屋をご用意致しました。ご案内します」
「えっ?もう!?」
 リシェイは思わず口をついて出てしまい、慌てて謝罪した。副団長は「構いません」とだけ告げて顔色一つ変えない。
 国王から直々に仰せつかったという副団長の言葉にリシェイは感心した。この行動の速さは流石の王様の一声というところだろうか。

「や、おかえり。どうだった、国王サマとのご対面は」
 部屋の外で待っていたシュラが戻ってきた。待ちくたびれたと言いながら首を鳴らすくらいなら、いっそ一緒に来ればよかったのにとリシェイは内心で思う。
「対策を立てて、早期の解決を図るって。マリアのことは解決するまでお城で預かってももらえる事になったよ」
「へぇ、そりゃ至高の待遇だな。国王直々に迎え入れるって事は超優遇のお客様じゃないか」

 リシェイとシュラはマリアに向き直る。
「王城なら何かあっても対処してくれるだろうし、安全だと思う。まだ解決には至ってないけど、とりあえずここに居ればマリアも安心でしょ?」
 ここに居れば状況も教えてもらえるだろうし、何より王城での生活なら彼女は客として手厚く迎えてもらえる。そして騎士団という、リドゥ最強のボディーガード付だ。下手に親戚にたらい回しにされたり、生活レベルを落とさざるを得ない状況に身を置くよりはずっと良いだろう。
 しかしマリアは不安げだ。
「ですが…リシェイはどうなさるのですか…?一緒では…」
「私は元々デュロアルの人間で、今は王都に住んでるだけだから。保護してもらう事もないし、それに……」
 リシェイはぎゅっとロンググローブに包まれた腕を握り締めた。

 ―――それに、やるべき事があるから。

 その言葉は飲み込んで、リシェイはマリアに笑ってみせる。
「私も今回の件に関しては調べたい事もあるし、出来れば国が解決するのを待たないで自分でも調査してみようと思うんだ。あんまり他人事じゃないし」
「そんな…!危険です!それに調査ということは、出掛けてしまわれるのですか…?」
 マリアの表情は明らかに曇っている。
 確かにこのような状況であれば、一人放って行くのは酷だろう。しかし王が直々に温情をかけてくれたお陰でマリアは手厚く保護されるし、知人であるジークに頼めば彼女の話し相手も良しなに取り計らってくれる筈だ。
 調査に出かけなくても常日頃動き回るリシェイでは、マリアに付き添い続けてやる事は出来ない。となれば、やはりマリアはここに居るのが一番良いと思った。

「大丈夫、きっと元通り生活できる日が来るから。ううん、私が取り戻してみせるから!」
 励ますようにマリアの肩を叩くも、マリアは泣き出しそうな面持ちで暗く沈んでいる。後ろ髪を引かれる思いだが、このままでは城に残る以外の選択肢でマリアが頷くとは考えにくい。
 しかしそれだけは出来ないとわかっていたから、リシェイは無理やり傍らにいた副団長に「マリアのことをお願いします」と言って踵を返した。

「リシェイっ…!」
 手を伸ばそうとするも、確かに保護される謂れのないリシェイに「行かないで」とは言えず、マリアは俯いてしまった。早足で去っていくリシェイの背を見つめると、シュラはいつもの調子で笑ってマリアに手を振る。

「それじゃあマリアちゃん、またね」
 一言だけ言い残してシュラも去ってしまった。
NOVEL  >>  W:CROSS  >>  2章:魂と未来を縛る契約
W:CROSS Copyright (c) 2010 MAYFIL all rights reserved.